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安政四年、日本橋で創業。金鍔や飴などで知られますが、江戸練りの流れをくむ羊羹は通好みとして有名。
三代目細田安兵衛(幼名栄太郎)が、父の代まで井筒屋と称して菓子商を営んできた屋台店をたたみ、江戸日本橋で、金鍔を焼いて商っていた日本橋西河岸(現在の榮太樓ビルの地)に独立の店舗を構える。
江戸っ子の人気を博したこの金鍔は、小麦粉で練った生地で餡を薄く包み、胡麻油を引いた銅板で両面を焼き、次に側面を転がしながら焼いたお菓子です。
「小指の先ほどの小麦粉生地で箔のように薄く包む」のが初代からの伝統の技。
丸い形にこだわりながら今日まで150年連綿と受け継いでまいりました。今も昔も金鍔は榮太樓の“看板菓子”でございます。