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江戸時代、歌舞伎は庶民の熱狂的な支持を得て、役者の物まね教室までできるほどの人気ぶりでした。
芝居見物となれば、行く前に周囲へ吹聴してうらやましがらせ、行ってきたら芝居の内容を語って聞かせ、また自慢するというのまで、芝居見物の楽しみのひとつだったほど、誰もが「見たい!」と熱望する娯楽でした。
しかし、芝居小屋はお上からは「悪所」と呼ばれ、武士階級は足を踏み入れてはならないところだったのです。
つまり歌舞伎は身分ある者のものではなく、下々のための娯楽だったのですね。
ですが、芝居小屋には、ほかの客から顔が見えないように御簾のかかった席も用意され、武士階級の者も出入りしていたのです。
歌舞伎が高尚になったのは明治以降。
外国からの賓客に見せるようになったのがきっかけ。
日本の国威を示すために、芝居小屋は絨毯敷きの立派な劇場になり、世界に誇る日本の芸術として、扱われるようになったのです。
華族階級も堂々と劇場に来られるようになり、身分の上下なく誰もが楽しめる、日本を代表する娯楽になったのです。